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破天荒エンジニアキャリアのススメ 第2回「ブンタの凸凹キャリアヒストリー(上京編)」

今回は、僕が中学校を卒業してから東京でIT技術者としてのキャリアをスタートするまでについてお話します。「まだ自己紹介が続くのかよ!」と思ってもどうかご辛抱を。わりと珍しいネタだと思いますので……。

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ブンタ社会人デビューの頃の図

 社会人デビューを果たしたのは15歳の頃、地元の中古車販売会社の社長に拾われて営業の基礎や整備、簡単な簿記と雑務を行っていました。
その当時社長に教わった言葉で今でも鮮烈に覚えているのが
「手取りの3倍の利益を計上すること」
これが、経営者から見て従業員を雇用する為に必要な最低のラインで、これを下回るなら会社にとって損害でしかないというわけです。 

若干厳しい言葉に感じますがよく考えると企業は経済活動を目的としているので、当然の事と言えますよね(保険の会社負担や様々なキャッシュアウトも発生しますしね)

社会人として会社と共存していく為に、この「自分が会社に提供する経済的価値」の重要性を意識することが必要だと身に沁みました。
大学を卒業して安定した企業に入社したIT技術者の多くには、意外とこの視点が抜けているような感じがあります。自分が会社にどれだけ利益貢献しているのかを考慮せずに、「給料が安い、もっと欲しい」とか「これだけ貰っていれば充分」などと評価を下しているのです。

大きな収益を生み出すシステムの開発や運用に関わったり、大規模な予算を組まれた案件を成功に導いた技術者であれば、おそらく今よりも多い金額を報酬として堂々と貰う権利が本来はあるはずなのです。

  逆に、会社の利益への貢献度が低い、あるいは不透明な業務をしている人は、高い報酬を要求する根拠が乏しいわけですね。
「自分は、会社にいくら儲けさせたか」 を考える視点を持って欲しいと思います。 

さて僕のキャリアに話を戻しますが、その後ほどなくして中古車販売会社を辞めた僕は、職を転々としながらも徐々にコンピュータエンジニアの道へと近づいて行きます。
そもそも子供の頃からPC88やPC98、剥き出しのZ80ボードが転がっている様な環境で育ったのでコンピュータや機械的な物を扱う仕事に興味が湧くのは当たり前かもしれません。
 
(余談ですが、N88-Basic, MS-DOS3.x, WTERM, アシストカルク……懐かしい感じの名前ですよね^^ 僕とパソコンが出会った頃の象徴的な製品達です)

最初は仕事の合間に友人や知人のパソコンを修理したりしていたのですが、それがエスカレートしていき、地元の零細企業などを顧客に、ちょっとしたパソコンの便利屋さんみたいなことをやり始めました。

インターネットやプリンタの共有に始まりCADにまつわるシステムの構築、ホームページの作成や販売管理システムの開発、ADでのユーザやリソースの管理、セキュリティ向上の提案から導入までの提供……。

その頃の顧客だった零細企業の曲者社長さんにはビジネス上の駆け引きや契約のことで何度騙されたかわかりませんが(笑)、そのお陰で“作業”に対する対価としての金銭がいかに意味を持っているか、また、時として金銭以外の報酬(まさにこれがスキルや人脈という、キャリア形成の重要な要素となるわけですが)にも多くの価値がある事に身を持って気付かされました。

その後、インディーズ系の動画編集スタジオで撮影アシスタントや編集を行ったりもしましたが、山陰地方での仕事の少なさ、最新のテクノロジを体感できない不便さ、幾分かのプライベートな事情に突き動かされて22歳のときに上京。

全財産1万円を握り締めて上京。そして裏系バイトの日々

上京後すぐは本当にその日暮らしみたいな状態でしたが新聞の三行広告とかを見ると短期で高収入な仕事も結構あったのでとりあえず日払いのアルバイトをこなしていました。
(なんせ上京時の全財産といえば、1万円と携帯電話だけでした。。。w)

 

 

 テキトーに儲かる道というのは、当初のITエンジニアになりたいという前向きな目標から目を逸らさせるんですよね。すぐにITエンジニアとして就職するアテもないなか、とにかく生活するカネがあればいいというバイト漬けの日々に没入……。
でも、自分の掲げた目標や目的と相反する状態にあるという罪悪感が頭をもたげてきて、「このままじゃダメだな」という気持ちになったのが上京後2ヶ月目。そこでやっとITエンジニアとして働くためのプランを考え始めたのです。
そこから3ヶ月節約に節約を重ねてやっと生活のベースを作る事ができたのですが(今でもその当時手助けしてくれた人に心から感謝しています^^)、思えばその3ヶ月間は自分の信念との闘いでした。

「なんの為にエンジニアになりたいの?」
「パソコンの知識を深めてなんになるの?」

という疑問が頭をずっと巡って止まらず、ITエンジニアを目指すという自分の気持ちがホンモノかどうかを嫌でも突き詰めざるをえない期間となりました。

コンピュータで人の役に立ちたい! という聞こえのいい動機ならすぐに思いつきました。でも、職もない、金もない、コネもないとなると、そういう動機だけでITエンジニアを目指すのは頼りなく感じたのも事実です。

結論としては、
「自分はコンピュータについてもっと知りたいと思っているし、メカっぽい物が大好きだからITエンジニアになりたいんだ!」
という単純な想いに辿り着きました。
それだけでITエンジニアになりたい動機として十分なのかはわかりません。しかし、自分がITエンジニアを目指す動機がクリアに見えてからは、一日も早くITの仕事に就きたいと迷いなく思えるようになりました。

今思えば、コンピュータで人の役に立ちたいというあのときの気持ちがウソだったとは思いません。ただ、もっと根本的でシンプルな「自分の率直な気持ち(何かを知りたい、やりたいという好奇心)」を置き去りにした状態では、人はアクションを起こせないものなんだと思い知りました。
自分の力を人の役に立てるなんていうのは、まず自分の率直な気持ちがある程度満たされた後でようやくできるようになるのだと気づくことができました。
僕のこうした経験は、世の中で今、ITエンジニアとしての仕事に嫌気がさしている方・転職を検討している方にも通じるものがあると思います。ITエンジニアの多くは、“コンピュータいじりが好き”という動機でこの道に足を踏み入れた人が多いはず。
しかし、仕事としてコンピュータと接すると、義務でしなければならない嫌なことや面白くないこともいろいろ経験します。そこばかりに目を向けると、仕事がつまらないと思い込みがちです。 そんな状態で、「ITで世界を変える」とか、「世の中に貢献する」といった目標を働くモチベーションにしようとしてもムリですよね。
でも、自分はコンピュータが好きなんだという単純な気持ち、もっといえば「初めてパソコンの電源を入れた日のドキドキワクワク感」を思い出してみれば、自分の状況や仕事に対する見方が変わると思います。

自分は本当に何がやりたいのか、どうしたいのか。
頭で考えると堂々巡りで結論は出ませんが、心に聞けば意外とシンプルに答えに辿り着けると思いますよ。

筆者プロフィール

井手文太

昭和56年8月22日 鳥取県生まれ。
境港市立第一中学校卒業後、地元の自動車整備工場に就職。社内システムの構築を任されたことを機にシステムエンジニアの道へ。
上京後、いくつかのアルバイトを経て大手IT企業に体当たりでアピールし、内定を獲得。以後、いくつかの企業を経て現在は独立。1人SIerとして主に金融機関のシステム基盤開発に従事している。

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